今回は、アガサ・クリスティのノンシリーズに絞って、個人的おすすめ3冊を選んでみました。
「ミステリーの女王」と呼ばれるイギリスの作家、アガサ・クリスティ。その作品はミステリーであると同時に、時代に左右されない普遍的な人間劇でもあり、何度読み返しても色褪せません。
愛、憎しみ、金。根元的な欲求をベースに丹念に描かれたストーリーは、「人間とは」の答え合わせをしているみたい。とくに私は、ロマンスが絡んだお話が大好きです!
昼ドラ顔負けの地獄絵図「ゼロ時間へ」
我慢できず、最初に大本命を持ってきます。
内容は、休暇で人が集まっている屋敷のなかでお金持ちの老婦人が殺された、という極めてシンプルな筋。ですが、その屋敷の滞在者のなかには、自分の良心の呵責をなくすためか、今妻と元妻と3人で仲良く過ごそうとするダメ旦那がいるのです。
もちろん今妻は面白くありません。元妻は何を考えているのやら。そんななかで「ゼロ時間」はやってきます。
このタイトルも好きなんですよね。最後にすべてが繋がって、人間の駒なんてものはなく、全部に意味があったんだ、と思える展開。野次馬根性で「なにこれ、おもろ…」と読み進めていたら、予想もしていなかった結末にへんな声が出ました。
絶世の美女に振り回される人々「忘られぬ死」
数々の男を虜にしてきた絶世の美女、ローズマリー。じつは彼女、物語がはじまる前に毒をあおって死んでいます。
ローズマリーの不貞に目をつぶってきた旦那。そんな彼を想い続ける美人秘書。かつてのボーイフレンドや浮気相手。その妻。複雑に絡み合う男女が、ローズマリーの死んだ1年後に同じシチュエーションで食事をとっている。そして、悲劇。
すでに亡くなっているというのに、ローズマリーの強烈な存在感たるや。「なんだかんだ、この人では…?」と犯人に目星をつけていたものの、見事に外れました。
深くは言えませんが、本作に出てくる一組の男女の関係性がとても好きです。外からは見えなくても、ふたりだけでしっかりと繋がっている。クリスティで好きなコンビランキングを作るとしたら、今のところ断トツ1位です。
古代エジプトの愛憎劇「死が最後にやってくる」
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舞台は、紀元前2000年のエジプト。そうと知って読むのを止めようかと思ったほど、歴史系苦手な私が言います。「クリスティの面白さに時代は関係ない!」
ものの数ページで、登場人物の視点からすんなり世界観に入っていけました。族長が傲慢で美しい妾を迎えることで一族に不穏な空気が漂いはじめるという、もうのっけから大波乱の予感しかありません。
あっけなく妾が転落死して無事平穏が戻るかと思いきや、これが悲劇の序章に過ぎないのです。
一族を取り巻く悪意に力をなくしていく人、したたかな一面を見せる人、恐ろしい状況だからこそ、人間の本性が現れます。時代は違えど、現代でも起こりうる悲劇の種がいくつもころがっていて、最後まで飽きさせません(むしろ夢中)。
クリスティの人間ドラマがおもしろい作品で、これを外すわけにはいかないと思う1冊です。
クリスティーの人間ドラマで“ここ”ではない世界へゆく贅沢
なぜ、私は読書が好きなのか。時々真剣に考えてみて、行きつく答えが「“ここ”ではないどこかへ行きたいから」です。
日常からちょっと距離をおいて、なんだったら自分というものもしばし忘れて、ちょっと怖くてきれいな世界を覗いてみたい。そんなときのクリスティは、本当に贅沢です。
お金持ちがたくさん出てくる豪華な世界観ながらも、時代を問わないシンプルな人間劇。とある有名作家がいった「ミステリーは香り高いコーヒーや紅茶とよく似合う」という言葉の意味を、しみじみと感じます。