『江戸川乱歩と名作ミステリーの世界』5号は、江戸川乱歩の「パノラマ島綺譚」と「鬼」の2作品。
パノラマ島綺譚は読んだことはないけど(有名すぎて)内容は知っている…つもりだったのですが、やっぱり実際に読むのとネタバレを知っているのとは別物ですね。
アシェット5号は江戸川乱歩「パノラマ島綺譚」「鬼」
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乱歩の短編が8作品収録されていた前号に対して、今回はパノラマ約8割、鬼2割という構成。
寝る前にちょこちょこ読むことが多いので、短い話がいっぱいのほうがうれしいな~と思っていたのですが、パノラマのすごいどころはどこから読み出してもすぐに異世界に引きずり込まれてしまうこと。
感想の前に、あらすじを紹介しておきます。
パノラマ島綺譚
貧しく売れない作家の人見広介(ひとみこうすけ)は、自分と瓜二つの大富豪・菰田源三郎(こもだげんざぶろう)が死亡した知らせを受け、恐るべきことを思いつく。菰田に成りすまし、その財をもって自分が夢に見続けていた理想郷を作り出そうというのだ。
まんまと菰田に成りすました人見は、孤島におぞましくも美しい巨大なパノラマを作り始める。
鬼
探偵小説家の殿村昌一(とのむらしょういち)は、帰省先で親友の大宅幸吉(おおやこうきち)と散歩していると、人間の手首をくわえた山犬と遭遇する。近くには顔の判別がつかなくなった女の遺体が転がっていた。
その女性は幸吉の許嫁であることがわかり、殺害されたのはあきらか。あげられる証拠の数々は、結婚を望んでいなかった幸吉の犯行を示しているが、殿村は親友の無罪を信じて探偵を試みる。
【感想】そばに存在するひとたちが物語を面白くする
まずはパノラマ島綺譚。瓜二つの金持ちに成りすまして、ずっと夢見ていた人工のユートピアを作り上げた人見広介。口先だけの空想家ではなく、まさしく芸術家であったところに凄味を感じます。
かつて1ダース分の子どもを自分に与えてくれれば、天才、犯罪者、音楽家、画家、どんな人物にでも仕上げてみせると豪語した心理学者がいましたが、人見広介にその面影を見ました。
許されざる恋のゆくえは…
一方で、個人的には菰田の妻、千代子(ちよこ)の心の揺れがいちばん印象的でした。
人見が唯一、自分の正体を暴かれてしまうかもと恐れた千代子。互いに相手を疑いつつも、どこかで惹かれ合っている描写が切なくもあり。
結末については、これでいいんだか、悪いんだか…。大きな口をたたいて恐縮ですが「乱歩って、そういうところあるよなあ」と思いました(※個人の感想です)
映像で見たらすごそうですけどね。
親友を救うために探偵は生まれた
「鬼」は、シンプルに私の好みで本コレクションで読んだ乱歩作品のなかでいちばん。読み出してすぐに「これは面白いぞ!」という興奮がありました。
探偵小説家が親友の無実を証明する友情の物語であり、事件の背景には切なくも思い詰めた人の心があり、手首をくわえて血みどろの山犬や小刀が刺さった藁人形など散りばめられた猟奇的なモチーフがこれまた最高にいい。
まさに「こういうのがたくさん読みたいんだよ」という作品でした。短いけど面白さの濃度高めです。