どんなに言葉を尽くしても、相手の心には響かなかったり。不意に飛び込んできた短いフレーズに、心をひどく揺さぶられたり。
同じようで、同じではない。刺さったり刺さらなかったりする言葉の違いって何?
そんな言葉のもつ不思議な力を垣間見られるのが、歌人・俵万智の『生きる言葉』です。
︎SNSでつながる時代だからこそ「言葉を届ける」のは難しい
本書で真っ先に「なるほど」と思ったのは、小さな共同体で生きるほど、言葉そのものが担う役割は、むしろ小さくなっていく、ということです。
例えば、ネットもないような小さな村で一生を過ごすなら、同じ言葉でも相手によって「この人が言うなら、よほどのことだ」「また言ってるよ、しょうがないやつ」と、グラデーション付きで伝わっていきます。相手の背景を理解しているからこそ、言葉の意味だけに頼らなくても、意思疎通ができます。
しかし相手の顔も分からないSNSでは、たとえどんなに当たり障りのないつぶやきだったとしても、見当違いな反応が返ってきたり、すれ違いが起こったりが日常茶飯事です。
スマホは、コミュニケーションの拙さを増幅する装置でもあるように私には見える。
︎AIが作った短歌に心動かされるのは「人間」なら自然なこと
本書では「AIが詠んだ短歌」についても触れられています。
AIと創作のあいだには、権利や模倣などの問題で緊張感がつきまとう印象ですが、俵万智のスタンスはポジティブなものでした。
彼女の詠んだ歌を引用します。
作品は副産物と思うまで詠むとは心を掘り当てること
AIはたくさんの作品を一瞬で作るけど、創作の醍醐味は作品数ではない、という清々しい主張です。その上で、自分の心を掘り下げるのをAIにサポートしてもらうのもアリだよね、ということが書かれています。
また、実際にAIの詠んだ歌がいくつか掲載されているのですが、シンプルに、すごい!
揺れるとは美しいことの証明で花びらでも花は群れないのです
この歌が詠まれた背景を知ると、余計にグッとくるものが多くて、思わずAIにも心があって、通い合わせられるのではと錯覚してしまいます。
しかし実際には、AIの出力した言葉に私たちは「意味」を読み取れても、そこにAI自身の心や「意図」があるわけではありません。
けれど、人には「言葉」を受け取り、その「意味」を心のなかで培養することができます。
深読みだ、と感じる人もいるだろう。けれど短歌という小さな種は、受け取った人の心の中で培養されて、思いがけない花を咲かせることがあるし、そこまでを含めて歌なのだ、とも思う。
言葉を発することも、受け取ることも、これまでになく簡単になった時代。それでも、人の心に届く言葉が簡単に生まれるわけではありません。
だからこそ、言葉を急いで消費せず、ときには立ち止まって、自分のなかでじっくり育ててみる。『生きる言葉』は、そんな言葉との付き合い方をあらためて考えたくなる一冊でした。
『生きる言葉』で見つけた積読リスト
お笑いタレントで女優のヒコロヒーの恋愛小説集。「芸人とか関係なく、すごい書き手がここにおる!」と俵万智大絶賛の1冊で、ダメと分かっているのに惚れてしまう危険な男たち大集合。その中から推しを見つけて語りたくなるそうです(笑)
歌舞伎町のホストたちが短歌に挑戦! 俵万智さんが携わっていた企画だそうで、『生きる言葉』からにじみ出る愛のある眼差しに興味が湧きました。その後、企画に参加していたホストのひとりが歌集を出す腕前になったそう(『月は綺麗で死んでもいいわ』)
俵万智さんが尊敬して愛する歌人の恋愛歌集。『生きる言葉』で紹介されていた歌が、背徳的で激しい恋心を見事に描いていてぐわっと心を掴まれました。この1冊はコレクター価格になっているので、他に手にできそうな歌集を読んでみたいです。

