数ある恩田陸作品から、今回は「館」を舞台にしたミステリーに絞って、私が大好きな長編小説を選んでみました。
ミステリーというと一度読んで謎が解けたら終わり、という作品も多いですが、恩田陸の館小説は毒を含んだ華やかな空間と人間ドラマが妙味。一度と言わず何度でも味わいたくなる非日常感があります。
呪われた館の謎を追う「薔薇のなかの蛇」
舞台は英国。首と手首はなく、胴体を真っ二つにされた死体が遺跡に捧げられる、という猟奇的な事件が世間を騒がせています。遺跡のそばにある館「ブラックローズハウス」でも、一族を集めたパーティの最中に悲劇が訪れます。
内容は、グロテスクでも過激でもありません。派手さはなく静か、何か悪いことが起こりそうな不穏な気配が、霧のように先を隠すゴシック・ミステリー。呪われた館の謎を、東洋人のリセと一族の兄弟たちが追いかけます。
リセとは、恩田陸作品を代表する「理瀬シリーズ」の彼女のこと。理想をいえば、まずは関連作の「麦の海に沈む果実」から読んだほうが世界観に入り込みやすいですが、不可解な殺人事件と一族の秘密を巡る物語としてはこの1冊で完結しています。
私のいちおしポイントは、リセとともに謎を追いかける一族の兄弟たちのキャラクターや関係性です。冷静かつ美貌の兄アーサーと、闊達でプレイボーイな弟デイヴという対照的なふたりに、リセを友人として館に招いた自由奔放な妹アリス。
それぞれに魅力的で、性格の違う4人(あるいはコンビ)の会話が生き生きとしていて、気づけば読者の自分も参加している気分で物語に入り込めます。
ちなみに、「麦の海~」も北の湿地に佇む古く美しい全寮制の学園が舞台。非日常ムード漂う特別な空間での物語、という意味では本作と同じくらいおすすめです。
なぜ女主人は死んだのか?「木曜組曲」
舞台は、女主人をなくした小さな洋館「うぐいす館」。薄緑色をした屋根が名前の由来です。
不振な死を遂げた女主人を偲び、毎年「2月の第2週の木曜日」を含む3日間、5人の女たちがうぐいす館に集います。その4年目、不穏なメッセージつきの花束が届いたことから、それぞれの告白と告発がはじまります。
私のいちおしポイントは、女たちの心理戦、というのに粘着感がなくさらっとしていること。編集者やライター、作家など5人全員が創作稼業に携わっていて、冷静にまわりを観察、分析しています。
すでに映像化はされていますが(未鑑賞)、断然舞台で見たい内容です。円卓に並んだお酒や料理を囲んで腹の探りあいをする、頭の切れる女たちの会話劇はライブで見たら手に汗にぎるはず…!
館に届いた警告文の真意は?「訪問者」
舞台は、嵐に閉ざされた山荘(洋館)。急死した若き映画監督の遺言で始まる実父探し、雷鳴とどろく屋外で発見された男の死体、館に届いた「訪問者には気を付けろ」という警告文。
数年前には、館近くの湖で映画監督を育てた実業家が不審死を遂げいて、不穏な出来事が絡み合うサスペンス・ストーリーです。
私のいちおしポイントは、物語を構成するものすべて(!)。「嵐の山荘もの」を恩田陸が書いたらこうなる、というお手本のように美しいプロット。一癖も二癖もあるキャラクター。不穏な空気感を後押しするドライタッチな文章。「だから恩田陸の作品が好きなんだ!」が凝縮された1冊です。
果たして、気を付けるべき訪問者とは誰なのか? すでに何度も読んでいるのに、あらすじだけでわくわくしてきます。
「館」が舞台の恩田陸ミステリー作品が好き

不穏な世界観と人間劇、淡々としてイメージが浮かんでくる文章など、恩田陸作品の魅力は数知れず。そのなかで、私がいちばん好きなのは後ろ髪引かれるような読後感です。
登場人物たちへの愛おしさと、物語が終わってしまう寂しさが同時に押し寄せてきて、「また本のなかへ<帰りたい>」と思ってしまう。そんな不思議な魅力を感じています。
ちなみに記事トップの写真は、神戸の北野異人館街を散策したときに撮影したもの。それぞれ趣の異なる洋館が立ち並んでいて、ミステリーの世界に迷い込んだよう。必ずもう一度行きたい場所です。
