三島由紀夫にミステリ短編集があるって知っていましたか?
大型書店をぶらぶらしていたときに見つけ、思わず声を漏らしそうになってしまいました。
しかも読んでみたら期待以上。美しい文体に、不穏で幻想的な雰囲気が重なって「三島のミステリ最高か」の一言に尽きます。
三島由紀夫のミステリー短編集『復讐』に収められた12の物語
収録されているのは短編12話。
女性たちの同性愛、兄妹の禁断愛に近いもの、サディスティックな愛情、後ろめたい過去に縛られた人々…。「ミステリー」といっても謎解き推理小説というより、事件や殺人に関わる人々の緊張や不安を描いた、不穏で幻想的な美しさのある物語たちです。
どの短編も短いのに、読み出したらすぐに引き込まれ、登場人物たちがどうなってしまうのか気になって仕方がない。「早く続きを、次の話を…」と禁断症状みたいに手が伸びる1冊でした(笑)
映像として浮かんでくる──表題作「復讐」に漂う不穏
なかでも一番強く残ったのが表題作「復讐」。
暗い家の食卓を囲む家族。日常の一コマのようなのに、どこかぎこちなく、なにかが変…。外の気配に怯え、何かが訪ねてくるのを恐れている――そんな不穏さが漂う物語です。
読んでいると、まるで映画や舞台を観ているかのように映像が浮かんできます。そして終わり方が絶妙。「復讐」というタイトルの意味が、じわじわと効いてきます。
ちなみに巻末には編者による解題があり、全作品を短く紹介しています。それがかなり“ネタバレ寄り”なので、最後に読むのがおすすめです。
作家の内幕を描く異色サスペンス「博覧会」
作家の内幕小説とも読める「博覧会」もお気に入りでした。
小説家もたびたび流産をする。暗(やみ)から暗へ葬られる作品がいくつかある。出来かけて、しかしまだ作品の形を成さないうちに、放棄された作品がいくつもある。そういう作品にも主人公になるはずだった登場人物が、少くとも一人はいるのである。
作品がボツになり、日の目を浴びなかった登場人物が、突然“私(作家)”を乗っ取り動き出す――そんな奇想が描かれます。
物語のなかの物語と分かっていても、この登場人物が何か大変なことをしでかすのではないか……という危うさがあり、妙な緊張感に包まれる物語です。
三島由紀夫の美少年描写が光る短編「孔雀」
遊園地で飼われていた27羽の孔雀が殺される事件から始まる「孔雀」。
刑事と容疑をかけられた孔雀好きの男を中心に進む物語ですが、幻想色が特に濃く、三島らしい美への言及も豊富。
特にこの三島の美少年描写が本当にお気に入り!
それは十六七歳の少年の写真で、スウェータアをゆるやかに着て、このあたりの林らしい雑木林を背景に立っている。ちょっと類のないほどの美少年である。眉がなよやかに流麗な線を描き、瞳は深く、おそろしく色白で、唇がやや薄くて酷薄に見えるほかは、顔のすべてにうつろいやすい少年の憂いと誇りが、冬のはじめの薄氷のように張りつめた美貌である。しかしその顔に何かしら不吉なものがあり、こわれやすいほどに繊細であればあるほど、何とはなしに玻璃質の残忍さが漂っている。
会ったこともないはずなのに、読んでいるだけで胸がドキドキしてしまう。繊細でこわれやすいほどに美しい存在が、同時に残酷さをはらんでいる――まさに三島ワールドでした。
突き抜けた愛を描く「朝の純愛」の寓話性
愛し合う男女が、これまで通り愛し続けるために努力を惜しまない。その結果、悲しい事件へと至ってしまう「朝の純愛」も印象的です。
読んでいると若さへの執着や、他者を道具のように扱う排他的な気配に息苦しさを覚えるのですが、不思議と“純愛”という言葉に収斂していく。その突き抜け具合が、寓話的で美しく思えてくるのです。
問──ただの怒りでなければ、何の怒りだ。
答──何というのかな。賛美と怒りが一緒くたになったとしたら、それを何と呼ぶんでしょうか。その怒りに喜びと憧れがまじっていたら、それを何と名付けるんでしょうか。
この問答に、作中の感情の激しさが凝縮されているようでした。
三島由紀夫の描くミステリにハズレなし

サディスティックな団長と“王子”(と、その恋人)の物語「サーカス」、瓜二つの男との出会いから始まる不思議なバイト「花火」、ショートショート的なオチの妙味「美神」、少年たちの主従関係と夏の悲劇「月澹荘綺譚」など、この他にも光る短編がずらり。
どれも短いながら、物語世界の深みに引き込む三島由紀夫のミステリー。不穏さのなかに美があり、幻想のなかに人間の真実がある、ぜひ手に取って味わってほしい一冊です。

