萩尾望都さんの名作漫画『トーマの心臓』を、今さらながら読んでみました。
電子書籍で1冊にまとまっていますが、なかなかのボリューム。布団にもぐり込んでから、「あとちょっとだけ……」とKindle Paperwhiteを開いたのが最後。翌朝、見事に寝不足になっていました。
【あらすじ】ギムナジウムで交差する、少年たちの愛と痛み
物語は、西ドイツのギムナジウムに通う13歳の少年、トーマ・ヴェルナーが命を絶つところから始まります。
家族や学校は不幸な事故だと思っていますが、彼の死が自殺だと知っているのは、クラス委員長のユーリ(ユリスモール)。なぜなら、トーマはユーリに遺書(という名のラブレター)を残していたからです。
そしてもう一人、真相を知るのがユーリのルームメイト・オスカー。
トーマに瓜二つの転校生、エーリクが現れ、ユーリの心は激しく混乱していく……。思春期の少年たちの愛と葛藤を描いた作品です。
推しすぎて語彙力が消えるオスカーという存在
オスカーの第一印象は、冷めた微笑とタバコ(※未成年)がよく似合う美青年。品行方正なユーリとは対照的で、授業はよくすっぽかすのに不思議と統率力があり、教師からも一目置かれている存在です。
最上級生に対しても物怖じせず、むしろ可愛がられていたり、自分が一番つらいときに他の生徒の涙を受け止めてしまったり……その姿に、どんどん心を掴まれていきました。
先が読めないからこそ、ページをめくる手が止まらない
読みながら感じたのは、物語の「着地点がまったく予想できない」ということ。
最初から、誰かとくっついてめでたしというBLではないんだろうな……という雰囲気でしたが、それでもどこへ向かうのかが見えなくて、読み進めずにはいられませんでした。
主要キャラクターたちはそれぞれ問題を抱えていて、群像劇としても完成度が高いです。そして誰もが強烈に個性的なのに、どこか脆くて切ない。
思わず感情移入してしまうキャラばかりでした。
ユーリとオスカーの絆にブロマンスの極みを見た
中でも心を掴まれたのは、やっぱりユーリとオスカーの関係です。
たとえば、ユーリが家族に宛てた手紙を書く場面。家庭を知らないオスカーがその手紙の中身に興味を持ち、ユーリは嫌がるでもなく、ただ淡々と書き続ける。その自然な距離感に、抜きん出た信頼関係を感じました。
もしきみが……
ぼくが……ここにいていいのなら……
もしきみがだれか必要で
ぼくを好きなら……
もしきみが……
終盤、弱ったオスカーにユーリがかける言葉は、もはやひとつの詩。
男とか女とか、恋愛とか、それ以上とか――そういう次元を超えた、「存在そのものへの愛」が描かれていて、少し怖いほどの純度でした。
恩田陸『ネバーランド』との共鳴
私がこの作品を選んだもうひとつの理由は、恩田陸の『ネバーランド』です。
この作品は、冬休みに寮で過ごす男子高校生4人の青春小説で、作者自身が「自分なりの『トーマの心臓』を描きたかった」と語っています。
もともと私の人生ベスト10に入るほど大好きな小説で、それがあったからこそ、萩尾望都作品の中でも『トーマの心臓』を真っ先に選びました。
実際に読んでみると、「あ、『ネバーランド』って本当に『トーマの心臓』だったんだ……!」という驚き。物語をトレースしているわけでもなく、登場人物もエピソードも違うのに、根っこの部分がそっくりなんです。
「優しさ」が支える、苦しくてあたたかい世界
『ネバーランド』も『トーマの心臓』も、少年たちがそれぞれ重たいものを抱えているのに、不意に誰かの傷を察して寄り添おうとする、そんな瞬間が描かれています。
「友だちだから」ではなく、たとえ反りが合わなくても、お互いが何かを背負っていると知っているからこそ向けられる、分け隔てのない優しさ。
この世界を全面的に肯定することはできないけれど、それでもちょっと悪くないなって思わせてくれる。そんな余韻を残してくれる作品たちです。


