久しぶりに読みたくなって『46番目の密室』を手に取りました。
本作は、有栖川有栖による作家アリスシリーズ(火村英生シリーズ)の記念すべき第1作目。
【あらすじ】クリスマスの別荘、<日本のディクスン・カー>が密室で命を落とす
<日本のディクスン・カー>と称される密室の巨匠・真壁聖一の別荘では、気の置けない編集者や推理作家たちを招き、毎年恒例のクリスマス・パーティーが開催されます。
推理作家である有栖川有栖もパーティーに参加するため、友人で臨床犯罪学者の火村英生と共に、真壁聖一の別荘「星火荘」を訪れました。
これまでに45の密室トリックを発表している真壁。パーティーの夜、現在執筆中の46作目が最後の密室ものになると宣言して周囲を驚かせます。
しかし翌朝、真壁は密室状態の部屋で殺害されていたのでした。
北軽井沢にある豪華な別荘、雪降るクリスマス という非日常と、推理作家と編集者たちが集う華やかなシチュエーションに思わず「舞台は整った」とばかりにワクワクします。
もう一度読み返したいと思うくらい、シチュエーションや人間ドラマも面白いです!
【感想】何気ないエピソードにもミステリ好きの心をくすぐられる

再読につき、犯人や大まかなトリックは覚えていた状態で読んでみると、前回はさらりと読み流していた地の文や描写がやけに鮮やかに映り、別の楽しみがありました。
たとえば、イギリスに行った火村がアリスにおつかいを頼まれて出向いたという「マーダー・ワン」。ロンドンの神田神保町と呼べる場所にある、推理小説専門書店だそうです。
かつて、アリスもそこでついシズコ・ナツキを買ってしまったことがある、という何気ない文章にミステリ好きの心が疼き、思わず「くぅ~っ」と拳を握りしめてしまいました。行ってみたい……!
『46番目の密室』を初めて読んだときは、<日本のアガサ・クリスティ>こと夏樹静子のことをまだ知らなかったので、多少知識を蓄えてからこの手の新本格を読み直すのも乙なものですね。
また、舞台となる雪降る大別荘で流されているのが、グレン・グールドが奏でる『ゴールドベルク変奏曲』。
クラシックは詳しくありませんが、バッハが不眠の伯爵のために書いた世にも美しい子守歌という蘊蓄に「ふむふむ」と気分が盛り上がりました。
「レクター博士って『羊たちの沈黙』のアレでしょ? 殺人鬼の天才。私、ファンなんだ。へぇ、火村先生もですか」
真帆は感心したように火村を見た。殺人鬼の天才のファン、か。確かにハンニバル・レクターというキャラクターはよくできている。
名探偵役・火村英生のキャラクター的魅力に沼る
「たしかに掛け金は降りていたんですね?」
「ええ。未来の妻の名に賭けて」
『46番目の密室』で、名探偵デビューを果たした臨床犯罪学者・火村英生の、警察関係者を食ったような台詞。その後「はい。初恋の人の名に賭けてもいい」と続くのに、思わずニヤリとしてしまいます。
このシリーズには女性ファンが多いという印象があるのですが、『46番目の密室』を読み返して、自分も例に洩れず彼の魅力にうっとりしました(笑)
ちょっと気だるげな雰囲気とか、皮肉屋っぽい口調とか、かと思えば友人のアリスにちょっと甘いところとか(殺人事件の捜査中だぞって怒ってもいい場面で、アリスが読みたそうにしているミステリー本を現場から持ち出せるようにする等)
何かの読み物で、現実の有栖川氏と交流のある人気女性作家が、「もし火村に彼女が出来るなら自分の名前をつけてほしい」と頼んだというこぼれ話を見かけた記憶があります。それだけ、現実世界にも火村のファンは多そうですね。
何度でも読み返したくなる新本格ミステリの名作
新本格ミステリの名作として今なお愛される『46番目の密室』。
密室トリックと人間ドラマ、そして火村とアリスの関係性の妙が、読み返しても変わらぬ魅力を放っていました。


