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ストーカーは“治せない”精神科医・春日武彦の『屈折愛』を読んで考えたこと

春日武彦 ストーカー 本
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精神科医・春日武彦の『屈折愛 あなたの隣りのストーカー』を読みました。

きっかけは、ストーカーをテーマにした小説を読んだこと。

あや
あや
「どうしてこんな恐ろしい心理になるんだろう……?」と気になって、もっと深く知りたくなりました!
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「ストーカー」という名前で異常な愛が社会に認知された

ストーカーといった言葉が登場したからこそ、被害者はその異様な状況を他者へ説明することが容易となった。

この本でまず印象に残ったのが、「ストーカー」という言葉が知られるようになったことで、それまで個々の異常な愛として片付けられていたものが、社会的な問題として大きく取り上げられるようになったこと。

日本で「ストーカー」という言葉が広まったのは1996年。きっかけは、アメリカの女性ジャーナリストが書いた『ストーカー ゆがんだ愛のかたち』という本だったそうです。

例えば、もともとは「語るに値しない」とされていたものが、「B級」と名付けられたことで、新たな価値を持つようになった、といえば分かりやすいはず。

ストーカーも同じで、名前がつくことで「ただの異常な愛情」ではなく、具体的な問題として認識されるようになったんですよね。

あや
あや
言葉が生まれることで、ぼんやりしていたものに形ができる。そう考えると、「名前がつく」ってすごく大きなことだなと思いました

ストーカーは「治せない」と考えられる理由

春日武彦 ストーカー 本

ストーカーとなるような人格障害者は、叶えられぬ愛に対する柔軟な対処の術を知らない。未練と憎悪と独占欲と妄想とに駆られて、執拗に相手へつきまとうことしか選択肢を持たない。しかもその行為が生涯でただ一度だけのことはなく、懲りたり学習する可能性に乏しい。何度も同じようなパターンを形作る宿命を背負っているのである。

この本の中で特に興味深かったのは、精神科医の視点から見た「ストーカー」の捉え方です。

一般的にストーカーというと、精神的な病気の一種なのかな? と思ってしまいますが、春日氏曰く、これは心の病ではなく、<人格の歪み>。

春日氏によるストーカーの定義は、「妄想に近い一方的な恋愛感情によって、いくら拒まれても際限なくアプローチを繰り返す人物」。この異常さは、人格障害の病理に近いものだそうです。

ここで考えさせられたのが、「ストーカーを治療することは可能なのか?」という問題。

もしもストーカーが何らかの病気によるものなら、治療を通じて「本来のその人」に戻ることができるはず。病気が治れば、ストーカー時の姿とは違う「正常な状態の本人」が現れると考えられます。

しかしストーカー行為が人格障害によるものであれば、話は変わってきます。人格障害とは、その人の根本的な性格の歪みであり、ストーカーとしての行動も「病的な異常状態」ではなく、その人にとっての自然な状態とも言えてしまいます。

つまり、「人格障害を治療する=その人を全く別の人間に変えてしまうこと」に近い。それを果たして、「治す」と言えるでしょうか……?

現代的ストーカーとは異なるプラトニックな古典的ストーカー

この本は主に「現代的ストーカー」について論じていますが、その比較として紹介される古典的ストーカーの存在もとても興味深いものでした。

古典的ストーカーとは、エロトマニア(恋愛妄想)に憑かれた人々のこと。

ここでいう「エロトマニア」は、俗に言う「エロ」とはまったく異なり、むしろ愛欲や艶めかしい要素とは無縁のもの。純粋にプラトニックな性質を持つ妄想のことを指します。

そして、古典的ストーカーは男性よりも女性に多いのが特徴です。彼女たちは、決して手の届かないスターや著名人に対して、「私は愛されている」という妄想を抱きます。

妄想という名の症状の経過としては、ふたりの愛は本来成就するはずなのに、何者かによって妨害されていると考える。しかし、そもそも叶うはずのない恋だからこそ、やがて「裏切られた」という被害妄想へと発展していく――。

「手の届かない存在」ではなくなった現代のアイドルたち

春日武彦 ストーカー 本

古典的ストーカーの特徴は、芸能人や作家など「決して手の届かない存在」に妄想を抱くこと、そしてその愛がプラトニックであることです。

しかし、現代にも芸能人を標的にするストーカーはいるはずだし、むしろ性的な執着を見せるケースもあるのでは?

本書ではこの疑問に対して、とても鮮やかな答えを提示していました。

少なくとも昨今では、スターの神秘性だとか絶対性を背負った歌手や俳優は少ない。むしろファンに馴れ馴れしい気持ちを起こさせるような親しみやすさを持ったタレントが主流となっている。

現代の芸能人(特にアイドル)は「手の届かない存在」とは思われていない、という点。

昔のスターとは違い、どちらかといえば「素敵なクラスメートの延長線上」にいるような存在として認識されているので、現代のアイドルに対する被害は、古典的ストーカーの文脈では語れないんです。

古典的ストーカーの標的には、俳優だけでなく作家も多いのだそうです。彼らが生み出す物語に、妄想が共鳴してしまうことがあるらしく、その執着は時に現実と幻想の境目を曖昧にしてしまうのかもしれません。

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この話を読んで思い出したのが、スティーブン・キングのホラー小説『ミザリー』。狂信的な女性に監禁された作家が、彼女の望むとおりに小説を書かされる……というストーリーです。

本書でも実際の事例とともに言及されていて、「なるほど、これが古典的ストーカーなのか」と妙に納得しました。

誰もがエロトマニアになりうる人間に潜む危うさ

ところで、エロトマニアという言葉、なんとなく病名のように聞こえますが、実はこれは「症状」のこと。

現代的ストーカーと同じく人格障害に端を発することもありますが、一過性の妄想状態として現れることもあり、「異常だけれど診断が難しい」というケースも多いそうです。

そして本書の「人間は誰しも、エロトマニアになりかねない精神構造を持っている」という指摘にハッとさせられました。

最初はどうも「ストーカー」と「プラトニック」という言葉が結びつかないと思っていたのですが、純粋であるほど残酷で、思い詰めるほどグロテスクな存在なのだと、読み終えた今ならよく分かります。

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