江戸川乱歩の『悪霊』を読みました。

この作品は、推理小説専門誌『新青年』で連載されていましたが、乱歩が途中で創作意欲を失い、中断。その後、ついに完結することはありませんでした。
幸い、まだ序盤といえるところで終わっているので傷は浅め。
……ただ、霊術をおこなう心霊学会の美しい未亡人が謎めいた死を遂げるという導入や、ミディアム(霊媒)が殺人を予告するオカルティックな展開がとっても面白そうなだけに、続きを読めないのは本当に残念です。
【江戸川乱歩『悪霊』あらすじ】ミステリー×オカルトの魅力たっぷり
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小説家の「私」は、中年の失業者から二冊の犯罪記録を買い、読み始めます。
記録は、記者・祖父江進一が友人・岩井坦に宛てた手紙の束で、奇怪な殺人事件について書かれていました。
事件は、心霊学会の一員で美しい未亡人・姉崎曽恵子が土蔵で全裸のまま殺害されるというもの。現場近くにいた浮浪者の証言によれば、中年の紳士と、時代遅れの矢絣の着物を着た女性が屋敷に出入りしていたとのこと。
事件後、心霊学会で行われた降霊術では、ミディアム(霊媒)の口から「一人美しい人が死にました。そして、また一人美しい人が死ぬのです」「犯人はこの中にいる」という予言が告げられます。
“先生”こと黒川博士が美紳士の予感

君も知っている様に、先生の風采は少しも学者らしくない。髭がなくて色が白く、年よりはずっと若々しくて、声や物腰が女の様で、先生の生徒達が渾名をつける時女形の役者を聯想したのも無理ではないと思われる。
降霊術グループの中心的存在である“先生”こと黒川博士。浮かび上がる美形紳士ぶりに胸のときめきがおさまりません!
僕が矢絣の女というと、先生は何ぜか一寸赤面された様に見えた。先生が顔を赤らめられるなんて非常に珍らしい事なので、僕は異様の印象を受けたが、その意味は少しも分らなかった。
殺人現場に出入りしたとおぼしき謎の美しき女性(紫の矢絣を着ている)。実はこれ、変装した黒川博士だったんじゃないの? と勝手に想像してしまいました。

また、ミディアムの盲目少女が次の殺人を予言する場面。
「わたしの前に腰かけている、美しい人です」というセリフに、思わず「それって黒川博士のことじゃん!」と勝手に盛り上がってしまいました。でも、冷静に考えると博士の娘を指していると考えるのが自然。
黒川博士の幼馴染・熊浦氏の言動が意味深
黒川博士と幼馴染みの熊浦氏がまた魅力的。所帯を持たず厭世的な妖怪博士で、「紫の矢絣の女」について何か知っていそうです。
それを聞くと会員達は皆ハッとして話手の鬚面を見たが、殊に黒川先生は顔色を変えてビクッと身動きされた。
彼が夜の散歩中に見たという「紫の矢絣の女」(この証言に黒川先生ビクッ)。
そして、語り部の「僕」に、黒川博士の奥さんの箪笥の奥に紫の矢絣があったことを告げるシーンがなんとも意味深。
こういう細かい伏線っぽい描写があると、つい深読みしてしまいます。
倒錯的な理由があっても不思議じゃないよね?
つくづく、おもしろい予感しかないのに未完なのが残念な作品です。

