ゴシックミステリの傑作として名高い服部まゆみの『この闇と光』。読み終えるや「とんでもない耽美を読んでしまった……」と、痺れるような余韻と衝撃が残る作品でした。
森の奥深くに囚われた盲目の王女、レイア嬢。意地悪な世話役の女に怯えつつ、甘やかな愛で包んでくれる父王と過ごす幸福の日々。
しかし、永遠に続けばいいと思っていたそんな時間には、衝撃的な真実が隠されていたのでした。
答え合わせのできない「幸せ」
物語の核心を避けつつ紹介するのがとにかく難しい本作。もどかしくも「妖しくドキドキする耽美が、ここにある……!」としか言えません。
かと言って、あからさまに性的なもの、そのにおいがあるというわけでもなく、レイア嬢を通して見る光と闇、残酷で普遍的な真実に、耽美とは、幸せとは何かを考えさせられる作品でした。
真実はその名の通り変えがたいものですが、一方「幸せ」というのはどこまでも主観的。お互いに善側から悪を押し付け合い戦争が起こるように、いくら「これが幸せというものです」と相手に理解させようと思っても、一度宿した感情を否定するのは容易ではありません。
そして、ひとつの大きな「幸せ」に取り込まれていくことが、果たして本当に「幸せ」なのか、前に進んでいくしかない一方通行の人生で、答え合わせをするのは非常に難しい。
過去に戻ることは決してできず、その中で培われた「幸せ」を否定するより、愛するほうが――それがどんなに残酷な真実でも――人生は光を宿す。そんな不条理が、この作品を包む耽美な毒の正体なのではないかと思うのです。
残酷な真実よりも愛した記憶
本作を読んでいて、ふと「とてもよく似ている」と思い出したのが、山田詠美の『ジェントルマン』です。
残酷な本性を隠し持つ男をどうしようもなく愛してしまった青年の物語で、登場人物たちに抱く感情も、お話も180度異なっているのですが、彼らの抱く「幸せ」の異質さが、本作ととてもよく似ている。そう思ってしまいました。
「目だけじゃないんじゃない?ユメは、色んなとこが、おれのための感覚器になっちゃったんだよ」
(中略)
「おまえは、それしか能がない下等動物になっちゃったんだよ、ユメ」
それの何が悪いんだ、と夢生は、ぷいと横を向く。夢中になればなるほど、人は幸せに退化して行くものなのだ。
夢中になればなるほど、人は幸せに退化して行くもの。レイア嬢の幸せを退化と呼ぶのが相応しいとは思いませんが――もしかしたら他者と一線を画すという意味では、進化といえるかもしれません――周囲の視線を気にして揺らぐ幸せなら、それは本物じゃないのかもしれない、とも思う。
一読者の私からは、歪んで見える。それなのに、甘い毒のように引き寄せられる。やはり最初の「とんでもない耽美を読んでしまった……」の一言に尽きるのです。


