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“じぶんを思い出す”新聞切り抜きノートのすすめ~スクラップブックの作り方~

新聞 切り抜き スクラップ ノート 作り方

※この記事はnoteで2022年11月16日に公開したものです(修正済み)

大人になると、じぶんの好きと嫌い、苦手と得意は分かっているつもりになるけれど、日々の生活に忙殺されて“忘れてしまっている”ことも多いのではないでしょうか。

突然ですが、新聞の切り抜きをはじめました。

最初は気になった記事を模写するノートをつくろうとしましたが、毎日やるには時間が足りない。次にマスキングテープでデコラティブなノート作りに励みますが、なんだかしっくりこない……

新聞 切り抜き スクラップ ノート 作り方
あや
あや
模写は数日限りで終わりました

そして、唐突にひらめきました。私がやりたいことって、新聞のスクラップでは?

「糊で貼り付ければ、よくないか?」なぜか、この発想が完ぺきに抜け落ちていました。

切り抜いた記事を糊付けしたページが、いわゆるスクラップブックだと気づいた時、卵とニワトリどちらが先にあったのか? という問題みたいだと思ったのを覚えています。

“じぶんを思い出す”新聞切り抜きノートの作り方

新聞 切り抜き スクラップ ノート 作り方
あや
あや
2冊目。B5のリングノートがお気に入り

切り抜きノートは、日々じぶんが気になった記事を貼り付けたもの。私の場合は新聞ですが、雑誌やプリントアウトしたネットニュースで作るのも楽しいと思います。

大切なのは、貼って終わり、まとめて満足、にならないこと。

あれもこれも貼り付けて、ものすごいスピードでノートが埋まればある種の達成感はあります。けれど、そのノート作りって、何のためにしているんでしょう?

あや
あや
繰り返しページをめくりたくなる、自分だけに価値のある1冊にしたいですよね。

興味のある記事を切り抜くのが大前提。しかし、読んで無関心でいられる記事のほうが少ないはず。もっと、記事を厳選できるポイントがほしいところ。

試行錯誤のすえ、これだと思ったのが「自分を思い出す」です。

「地球への着地料を送って」

ある日の新聞で、地球への着地料を払ってほしいという要求に応えてしまった女性の記事がありました。いわゆるロマンス詐欺の一種です。

またある日、とある米国の機関がおこなった調査で、若者に人気の某SNS投稿の2割が誤情報だった、という新聞記事を切り抜きました。

ふたつに関連性はないけれど、私のなかでは共通して「真実よりも信じたいことのほうが大事で、今を生きるのに必要と感じている人がいるのかも」という印象をもちました。

へんなはなし、わざわざノートを開かなくても、自分の引き出しから一緒に出てくるニュースだったんです。

新聞が日課になって、記事を切り抜くようになってから「ああ、そうか、私はこういうことに興味を覚えるのか」と懐かしいような、新鮮なような気持ちになることがよくあります。

私は謎めいて、日常から少し距離のある話に惹かれます。不思議の裏には、きちんと納得のゆく理由があるけれど、第三者でいる限りはよく分からないもの。

新聞を読み始めて、つくづく現実は小説よりも奇なりだなと思います。私が好きな作家も、実在した三面記事から長編小説を書き上げているくらいですから。

逆説的に、切り抜かなくても印象深くふと思い出せる記事は、ノートに加える価値が高いと思います。

自分も書きたいと思える「うっとりとする文章」

新聞というと、淡々と事実を述べた無機質な文章というイメージがこれまでありました。実際に読み出してみると、歌人、哲学者、宇宙物理学者、医者、作家など、あらゆる有識者が寄せた文章も多いです。

一瞬で注意をひく冒頭文、ポンと映像が浮かぶようなテンポのよさ、あと先のことを考えてしまう余韻のある終わり方。自分の肌になじむ文章で書かれた記事は、詩のように繰り返し読みたくなります。

内容が興味深い、というのももちろんあるけれど、この文章が好きだ、と思える書き手に出会える喜び。私のように書きたい人ならば、へたな文章教本よりも新聞を読んだほうが身に付くことは多いのかもしれません。

限られた枠のなかで、文章がコンパクトにまとめられているというのも大きいです。書き手の深い教養や知識がぎゅっと凝縮された文章からは、学ぶべきところがたくさんあります。

他より丁寧に読んで、うっとりとした文章(記事)は、切り抜き決定。読み返すたび、「ああ、自分が書きたい文章はこれだ」と思い出せるから。

他者に目を向けることは自分のなかを点検することに繋がる

新聞では、マクロからミクロまでさまざまな出来事が伝えられます。何が起こったか、何を成し得たのか、どう生きたのか。

個人の経験や生き方を取り上げた記事は、「こういう生き方もあるのね」で終わってしまうことも多いです。けれど、ちょっとしたフレーズやエピソードが忘れられなくなることもあります。

無料遊園地をたったひとりで運営している男性は、自身の貧しかった幼少時代の経験から、誰もが気軽に楽しめる場所をつくったのだそう。

これだけを聞くと、単なるいい話ですが、男性がまだ5歳にもなっていなかった頃、母親から「もう養えない」と言われた辛い過去も明かされます。

今はなき悪徳商法団体の元幹部が残した書記に残っていたという言葉にも、ぞくりとさせられます。頂点に君臨した会長の笑顔にたちまち魅了されてしまったというのです。巻き込まれたら堕ちていくしかない予感には、暗いよろこびも垣間見えます。

人の数だけ、ドラマがある。自分が共感できないものもあれば、どこかで通じて胸がざわざわすることもある。他者に目を向けることは、結局自分のなかを点検することになるのではないでしょうか。

せっかく生きているのだから、いろんな視点をもって、深みのあるひとになりたいと思います。新聞を読みはじめて、自分を思い出す切り抜きだけでなく、世界でおこるさまざまな出来事に関心を寄せることも多くなりました。

最初はちんぷんかんぷんでも、毎日読んでいると、ふと「あれはここに繋がるのか」と理解できることも増えていきます。自分のなかに知識や出来事を詰め込むのではなく、蓄えられていく感覚がある。だから私は、新聞が好きです。